ラーメン一口目

最近ラーメンを食べる時は一口目に麺をすするようにしています。 のろしとかなおじろうはモヤシを食べますが、少なくともスープをすするのは止めました。 スープに注力するならラーメン屋じゃなくスープ屋になればいい、みたいなことを佐野実が言っていたと思いますが、私もそうだと思っています。 恐らく蕎麦好きは最初にそばつゆを飲んだりしないと思います。 そこに蕎麦はありません。 同じようにスープにラーメンは無いと思っています。 だけど、ラーメンを食べていくうちに一口目にスープをまずすすってしまうようになりました。 で、これはやっぱりイカンと感じたので、止めました。 ラーメン業界的にはいかにラオタに薀蓄を食べさせるか、という流れがあります。 実際、ラーメンブログは薀蓄ばっかりです。 店主の経歴、製麺所、小麦粉の銘柄、スープのとり方やその種類、など薀蓄の性質上挙げればきりがないでしょう。 ラーメンにパインを使うような自由さがラーメンの魅力の一つじゃないかと思いますが、薀蓄はそれを許しません。 薀蓄は他のラーメン店と関連付け、他のラーメン店と比較し、それまでのラーメンとの違いを指摘します。 これでは一杯のラーメンそれ自体で味わうことはできないでしょう。 ラオタが好む薀蓄はラーメンの自由さを狭め、ラーメンを殺しているんじゃないかと思っています。 ラオタの探究心はすごいものがあることは確かですが、その探究心はラーメンを苦しめると思います。 食は三代といいますが、ラオタはそれすら許しません。 味に対する絶対的なリファレンスを持っているかのように振舞います。 この帝国主義滴な食べ方には同意できかねるため、一口目にスープをすすることを止めました。 他にも理由はありますが、一番の理由はとりあえずこんなところです。